基本法第3条をめぐる論争:「人種」という語を基本法から削除すべきか?
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アメリカのジョージ・フロイド(George Floyd)さんの事件(2020年5月25日)以来、人種差別撤廃運動は世界へ広がりをみせています。そんななかで、ドイツでは、基本法(Grundgesetz)第3条にある、Rasse(人種)という言葉を巡っての論争が活発化しています。
「人種差別撤廃」、のように用いる時には特に違和感なく使われていても、よく考えると「人種」という概念が不明です。つまり、「人種」(Rasse)というのは、そもそも生物学的に、あるいは、人類学的に定義できるものではない、という認識があります。
Gudula Geutherは、この立場をGrundgesetzartikel 3, Absatz 3 – Debatte über den Begriff “Rasse” im Grundgesetz | Deutschlandfunkの中で次のようにまとめています。
Für diejenigen, die das Wort Rasse gestrichen sehen wollen, ist es bezogen auf Menschen schlicht tabu. Weil es für ein Konzept stünde, das damit weiter in den Köpfen der Menschen verankert würde. Nämlich die Vorstellung, dass es überhaupt menschliche Rassen gäbe. Was die Biologie, die Anthropologie betrifft, sind sich tatsächlich Wissenschaftler ganz überwiegend einig, dass das Konzept auf den Menschen nicht passt. Die Unterschiede seien nicht so groß. Die größeren genetischen Unterschiede, die es gebe, liefen gerade nicht entlang der üblichen Unterscheidungskriterien wie etwa der Hautfarbe, sondern innerhalb solcher Gruppen. Das ist ein Punkt – ist es überhaupt sinnvoll, von Rasse zu sprechen.
手元の北原保雄(編)(2010)『明鏡国語辞典』大修館書店、を調べてみると、次のようにあります。
じん・しゅ【人種】〖名〗❶ 皮膚の色、骨格、髪の毛など、形質的な特徴によって分類した人類の種別。▷その概念は、時代、社会によって異なっており、今日では、科学的に厳密な定義はできるものではないとされる。
ドイツの基本法第3条第3項(Artikel 3 Absatz 3) には、以下のようにあります。
Niemand darf wegen seines Geschlechtes, seiner Abstammung, seiner Rasse, seiner Sprache, seiner Heimat und Herkunft, seines Glaubens, seiner religiösen oder politischen Anschauungen benachteiligt oder bevorzugt werden. Niemand darf wegen seiner Behinderung benachteiligt werden.
(私訳)「何人も自らの性、家系、人種、言語、故郷、素性、信条、自らの宗教的、あるいは政治的見解を理由に不利な扱いをうけたり、優遇されてはならない。何人も自らの障害を理由に不利な扱いをうけてはならない。」
ドイツでは、緑の党(die Grünen)が以前から、基本法がら「人種」(Rasse)という語を削除すべきだと主張してきました。また、上記の記事でも紹介されていますが、FDP、Linke、SPDの党員や、アンゲラ・メルケル首相も、この語を基本法から削除すべきだという考えに賛同する発言をしています。
Grundgesetz – Wie umgehen mit dem Begriff „Rasse“? (Archiv) | Deutschlandfunk によると、すでにテューリンゲン州憲法(Verfassung des Freistaats Thüringen(Stand: 2010)) やブランデンブルク州憲法から「人種」(Rasse)という語は削除されているそうです。テューリンゲン州憲法では、第2条第3項で „ethnische Zugehörigkeit“ (民族的所属性)という言葉を使っていますし、ブランデンブルク州憲法(Verfassung des Landes Brandenburg(zuletzt geändert durch Gesetz vom 16. Mai 2019))では、第12条第2項で、„aus rassistischen Gründen“(人種差別的な理由から)不利な扱いをうけたり優遇されてはならない、と表現しています。
「人種」(Rasse)と「人種差別主義」(Rassismus)や、「人種差別的」(rassistisch)という言葉は別であるという認識があります。政治上だけでなく法律上も議論されており、ドイツ人権研究所(Deutsches Institut für Menschenrechte) のHendrik Cremer氏は、基本法から 「人種」(Rasse)という語を削除するのではなく、「誰も人種差別的に(rassistisch)不当な扱いをうけたり、優遇されてはならない」(„Niemand darf rassistisch benachteiligt oder bevorzugt werden.“)と表現を変えるべきだと提案しています。(出典:上述のGrundgesetz – Wie umgehen mit dem Begriff „Rasse“? (Archiv) | Deutschlandfunk )
基本法の中の「人種」(Rasse)という語をどうするのか、まだしばらく議論が続くと思われます。
さて、日本の憲法はどうなっているのか、気になってきました。日本国憲法第十四条には、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」となっています。「人種」という言葉、あーっ、入っていますね。
j.o.