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2021年の粗悪語に Pushback(「押し返し」)が選ばれる。(2022/01/12)

2021年の粗悪語に Pushback(「押し返し」)が選ばれる。(2022/01/12)
Als Unwort des Jahres 2021 wurde „Pushback“ gewählt.

ドイツにおける「2021年の粗悪語」として Pushback(「押し返し」)が選ばれました。プレス発表は、unwortdesjahres.net の広報をつとめるコンスタンツェ・シュピース教授 (Prof. Dr. Constanze Spieß;マールブルク大学 (Phillipps-Universität Marburg)) によって2022年1月12日に行われました。

その年の粗悪語 (Unwort) を選ぶというのは、「言語批判的アクション」で、「不適切で、何かを隠ぺいするような語、あるいは、誰か・何か誹謗するような公の言語使用に注意を喚起する」という趣旨で行われています。「人間の尊厳や民主主義の原理に反するのような語、社会的な特定のグループを差別したり、婉曲的で、偽装し、人をまどわすような言語表現」が選び出されます。恒例となっている「粗悪語のイメージ」は、Unwort Bilder | www.unwort-bilder.de で公開されています。

今年の粗悪語 Pushback は、英語からの借用語で、日本語の母語話者からすると、拍子抜けした感じです。審査委員がこの表現の使用を批判したのは、「この言葉によって、非人間的なプロセスが美化されて」おり、「そのプロセスとは、逃亡する人々から政治的亡命に対する人権と基本的権利を行使する可能性を取りあげている」からだとのこと。詳細は、プレス発表のドイツ語 (Pressemitteilung Unwort des Jahres 2021 (PDF) | www.unwortdesjahres.net を読んでいただくとして、ドイツ語にとっての英語借用表現は、日本語のカタカナ語と似てその本質を覆い隠す手段になっていることもあるようです。

プレス発表の冒頭に、Pushback の意味を ‚zurückdrängen, zurückschieben‘ とドイツ語で言い換えています。どちらも「~を押し戻す」というかなり強い印象を受ける動詞です。場合によっては「撃退する」とも和訳できます(zurückweisen も「追い返す、拒絶する」という類義語です)。 ここでの動詞の目的語は、もちろんヨーロッパに押し寄せている難民たちのことです。マスコミでは、<難民を無理やり押し戻す>ことに対して Pushback という表現が使われるようになり、これらの拒絶行為が「基本的人権と亡命権に反していることを覆い隠す」(Verschleierung des Verstoßes gegen die Menschenrechte und das Grundrecht auf Asyl) ことになっていました。

ところで、pushback という名詞、『ジーニアス英和辞典』(大修館)で調べてみると、「1. (自動ドアなどの)押し戻し装置、2. (軍隊の)前線からの撤退」となっています。そこで今度は Oxford Advanced Learner’s Dictionary で見てみると、“opposition or resistance to a plan, an idea or a change” (計画、アイデア、変更に対する反対や抵抗)と書かれています。動詞 push と back を組み合わせて、「押し返す」という意味を作り名詞化するのは、ごく普通のように感じられますが、この名詞では具体的な行為を表す語にはなっていません。

プレス発表での第2位の粗悪語には Sprachpolizei が挙げられていました。「言語警察」というなにやらぶっそうな言葉です。「適切で、より公平で、非差別的な言語使用」を求める人たちに対して使われたとか。ちゃんとした言葉を使うように求める人たちを、あたかも「執行権を行使する」警察のように言って非難するのは間違っていますね。

第3位には、接種反対論者によるコロナ・デモの過程で用いられた表現が「ナチズムとの比較」(Vergleiche mit dem Nationalsozialismus) として取りあげられています。例として挙げてあるのは Impfnazi(ワクチン接種ナチ)、 Ermächtigungsgesetz(<感染保護法に対して>全権法)そして「ungeimpft (接種していない)とプリントされた黄色のダビデの星」。このような表現は、「ナチズムの無害化」、「ナチ独裁の犠牲者の嘲笑」、「犠牲者と犯人の逆転」へとつながるものであると指摘しています。

なお、この粗悪語アクション、昨年1308個の粗悪語が寄せられ、454個の表現があったとのこと。プレス発表の文書 (Pressemitteilung Unwort des Jahres 2021 (PDF) | www.unwortdesjahres.net には「粗悪語統計2021年」 (Unwortstatistik 2021)に、10個以上投稿されたものがリストアップされています。また、本年の特別寄稿者としてジャーナリストのハラルト・シューマン (Harald Schumann) が選んだ粗悪語 Militärschlag の解説もあります。振り返ってみると、粗悪な単語はたくさんあるものです。

j.o.

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